好きにならなければ良かったのに
今夜は珍しく一緒に食事をし、夜も一緒に過ごそうとそう考えていた。だから、夕食の時に今夜は早めに入浴を済ませベッドで待つようにと話した。きっと、美幸もそのつもりで待っていただろう。けれど、今、幸司は約束を破り車を走らせている。
ーーー入浴を済ませ美幸の待つ寝室へ向かおうとしていた時だった。幸司の携帯電話の着信音が鳴り出したのは。こんな大事な時に、いったい誰からの電話かと不機嫌な顔をしながら電話を取ると、青葉の名前が液晶画面に表示されていた。
美幸との夜の邪魔になる電話だが、青葉からとなれば出ない訳にもいかず。渋々電話に出ると緊急事態と言われ、何が起きたのか問うと、美幸の父親であり営業部長の大石洋一が緊急入院したとのことだった。
『部長は奥様には知らせないで欲しいとのことです』
『美幸は娘だぞ。知らせないわけにはいかないだろう!』
『ご本人たっての希望です。奥様には仕事で急用が出来たと言って出てきてください』
『分かった……』
納得出来るものではない。実の娘に何も知らせずにいるなんて。それも、緊急入院するほど体調が良くないのであれば、美幸は看病したい筈だと嘘を吐いて家を出たことを後悔した。
しかし、もう吐いた嘘を取消ししても美幸に不信感を与えるだけだ。ましてや、今は新しい配置先を決めなければならない時期にあるのに。その配置先までも疑いの目で見られそうで。
車は近くの総合病院の駐車場へと入っていく。流石に夜ともなるとガランとしたもので、昼間の混みあった状態が嘘のようだ。
車を停車させエンジンを切るとしばらくシートにもたれ掛かり外の景色を眺めた。総合病院だけに大きなエントランスがあり、タクシー乗り場や路線バスの停留所になっているだだっ広い通路が、ひっそりとした暗闇の世界になっている。
大きく深呼吸をし、ハンドルを握り直し、落ち着かない気分を何とか静めようとした。すると、駐車場へと歩いてくる人影が目に入る。暗闇の中を歩く人影だが、見覚えのあるシルエットに幸司はハッと息を飲み車から降りていく。
「青葉」
そう言葉をかけると、その人影は一旦足を止め頭を深く下げる。その様子にやはり青葉に違いなかったと、幸司は車をロックし青葉の方へと歩いていく。