好きにならなければ良かったのに
「日下さんですか? こちらは課長の携帯電話になりますが、今は課長は取り込み中でして電話に出られないので代わりに私が対応させていただいています」
青葉の大胆なまでのこの行為に、呆気に取られた幸司は呆然として成り行きを見ている。いったい、青葉はなにをしたいのか、幸司には相変わらず青葉がよく分からない。
会社に忠誠を誓い、社長にも忠実で、幸司にもそんな素振りをする。忠誠の塊の様な男だが、何処か掴み所の無い男にも見える。
「野暮な質問はなさらないで下さい。この時間に寝室から出られる訳がないでしょう? ご用件でしたら私が伺います。課長は今夜は寝室から出てこられないでしょうから、明日の朝お伝えしますよ」
ニッコリ微笑んでいけしゃあしゃあと喋る青葉が恐ろしく感じる。幸司は額に冷や汗を掻いて青葉の会話する顔を眺めていると、電話口から晴海の怒鳴り声が聞こえてくる。
相当に晴海を怒らせていると分かると、さらに大きな溜め息がでる幸司の顔は歪む。
「みなまで言わなければ伝わりませんか?」
やりすぎだと言いたそうな幸司を見て、青葉は塞いでいた口から手を離し、今度は顔の前で手を開く。幸司にストップをかけるような仕草に、思わず幸司も開きかけた口を閉ざす。
「奥様と子作りに励まれていらっしゃいますよ。そんな最中に電話を取り次げる訳がないでしょう? それに一度始まるとなかなか終わりませんしね」
青葉が嫌みったらしく言うと、電話が切れた音が幸司まで聞こえた。
「俺がいつ美幸を相手にそこまで夢中になった?」
「では、一度の行為でいつも終わるのですか?」
「そりゃあ、俺だって男だ……気が済むまでやるさ」
電話の電源ボタンを長押しし完全に電源が落ちたのを確認すると、幸司に電話を差し出す。
「病院の中では電源は落とした方が良いですから」
美幸との夜を思い出したのか少し顔が赤い幸司を見て苦笑する青葉は、何事も無かったように夜間の出入り口へと歩いていく。
「晴海を怒らせただろうなぁ」
そうポツリと言う幸司は表情が暗くなる。明日にまた晴海が怒鳴って来そうで、そんな予感がすると頭が痛い幸司だった。