好きにならなければ良かったのに
何となく気まずい雰囲気のまま青葉に連れられ病院の中へと入っていく幸司。案内されるままに連れていかれた病室は個室で、病棟の一番奥まった所だった。
そして、その病室へと入ると、そこには大石部長の妻であり美幸の母親が付き添っていた。幸司にとっては義理の母に当たるが、会社で頻繁に顔を会わせる義父とは違い、滅多に会うことの無い義母には流石の幸司も緊張するようだ。
少し頬を強張らせる幸司だが、深く会釈をすると義父が眠るベッドへと近付く。
「具合はどうですか?」
「入院したくないと言い張って少し興奮気味だったんですけどね。先生に注射して頂いたらだいぶん落ち着いてきたのよ」
少し窶れたような顔を見せるが、それでも気丈に振る舞う義母の姿に、幸司はやはり美幸に秘密には出来ないと思った。
「お疲れではありませんか? 美幸を実家へ帰らせましょうか? その方がお義母さんも心強いでしょうから」
幸司は良かれと思って言うも義母は首を横に振る。
「ですが美幸は娘ですよ。何もしないわけには」
「あの子が会社に入社したと聞きました」
「ですが、それとこれとは」
やはり、ここでも頭を横に振る。何度幸司が申し出ても頑固なまでも義母は断り続ける。結局は根負けした幸司が折れる形になったが、やはりここでも幸司は納得できなかった。
「課長、私はこれにて失礼いたします」
青葉は幸司を案内し終わると帰宅すると言う。しかし、少し話を聞きたい幸司としては、まだ帰すつもりはなかった。
「いえ、詳しいことは明日にでも。今夜はついていてあげて下さい」
義理とは言え幸司にとっては家族となる相手だ。青葉は、ただの社員であって親族でも何でもない。だからと、この日は帰宅してしまった。
青葉が病室を出ていき姿がなくなると、幸司は少し落ち着かなくなる。それを察してか義母が家に美幸が待っているだろうから帰るようにと促す。その言葉に甘えるわけにもいかず、せめて義父である大石部長が目を覚ますまでと言うも義母はやはり首を横に振るだけだった。
そして、言い難そうにしながらも義母は幸司の顔を見て訊く。
「美幸は妻としてしっかりやっていますか?」
その問いに幸司はどう答えていいのか一瞬戸惑ったものの、これ以上心労を掛けてはいけないと思った幸司は、美幸はしっかりやってくれていると返事を返す。