all Reset 【完全版】
縁のない領域は、意外に静かなものだった。
客は一人しかいない。
入ってすぐに漂ってきた匂いは、秀とよく行く代官山のショップで嗅ぐ匂いと同じだった。
「志乃さんっ!」
亜希は店内に入ったと同時に声を上げた。
おばさんが言ってた、ネイルアーティスト。
亜希を見てニコっと微笑むと、俺らを交互に見て「こんにちは」と会釈した。
挨拶され、俺たちも軽く頭を下げる。
亜希が“志乃さん”と呼ぶその人は、二重で目力の有るハッキリした顔立ちの人だった。
頭の上で長そうな髪をまとめて、左右の耳には何個かのピアスをしている。
デニムのパンツに派手なプリントのTシャツを着た、職業柄スタイリッシュでオシャレな雰囲気を醸し出した人だった。
若いけど、多分少し年上だと俺は勝手に思う。
亜希がやってもらってる間、俺と秀は言葉も交わさず黙ったまま時間を過ごした。
入り口の横にある木造りの長椅子に座り、店内をキョロキョロと観察する。
見ても何だかわからないけど、時間潰しにはちょうどいいかんじだった。
秀は横で、何を考えてんだかぼんやりと一点を見つめていた。
「今日はありがとうございました」
改めた挨拶と共に、いきなり奥から“志乃さん”が、俺らの前に現れた。