all Reset 【完全版】
返事を書いてからノートは開いてない。
開かなくても、亜希の書いたあのページは脳裏に焼き付いて離れなかった。
不思議なことに、次のページに書く文章はスラスラ浮かんできた。
そこには、日記ができなくなるなんて言って亜希から“逃げた”俺と、おとぎ話の続きを促す“虚しい”俺がいた。
亜希の言う“王子様”に合わせて“お姫様”なんて書いてる。
自分で書いてて、ちょっと笑えた。
でも、これで今の亜希には十分伝わると思う。
これから、俺はどうするつもりなんだろう?
自分で自分のことがわからない。
お前ってそんなに弱い奴だったの?
そう自分に訊いてやりたい。
亜希の抱く気持ちに動揺して、振り回されて、自分の存在価値まで見い出せなくなってる。
自分がこんな風になるなんて、少しも想像しなかった。
それだけ亜希は俺の心を満たしてて、支配している。
亜希を知らなければ、俺は一生、
誰かに本気になることなんてきっとなかった気がする。
「前田さん、友達来たみたいっスよ?」
何人ものスマホや私物が放置されてるテーブルに日記を放ったとき、控え室のドアが開かれた。
顔を上げると、ホールに出ていた新人のバイトが立っていた。
「おう、サンキュ。今出るわ」
腕時計に目をやると、日付が変わる少し前の時間だった。
手を伸ばして放ったノートを掴むと、俺は重い腰を上げる。
換気のために少し開けてた窓から外を見てみた。
渋谷の街は相変わらず人が消え去ることはないけど、今夜の空はひっそりとした寂しい暗闇に見えた。