all Reset 【完全版】
バッグをぶんぶん振り回しながらいつもより早歩きになる。
軽く競歩みたいになっていた。
『前田先輩のこと、好きなんですよね』
尋乃ちゃんに言われた一言が、鮮明に彼女の声で頭の中を駆け巡る。
そんなんじゃ……ない。
自分に言い聞かせるように頭を横に振ってしまう。
混乱している自分を冷静に戻した瞬間、歩む足は止まっていた。
改めて人の口から言われることなんて今まで一度もなかった
“好き”という気持ち。
確かに否定はしない。
それは、秀にも良ちゃんにもある感情。
でも、どうしてこんなに取り乱す自分がいるのか……。
今まで、何度か感じたことはあった。
同じ好きという感情でも、良ちゃんには感じなかった何かを。
秀に彼女ができたとか、付き合ってる子がいると知ったときに限り、何だか変な気分になった。
口では表せない気持ちだった。
初めのうちは、それを何かとは真剣に考えもしなかった。
考えなくても、秀はいつもそばにいた。
そんな感情はいつからか自分の中でだけささやかに積み重ねて、その結果、一つの形になっていたのかもしれない。
違う、“好き”という形に。
……わかってる。
本当は、誰よりも自分が一番よくわかってる。
でも、わたしは自分の中でさえもそれを認めようとしなかった。
秀はどこかミステリアスだ。
出逢ってから今までずっと、わたしはどっかでそう思ってる。
何かを隠してるとか、そういうものじゃなくて、きっと、他人が思ってるほど単純な構造をした人間じゃないんだと思う。
優しくて、わたしをいつでも受け入れてくれる秀に、心を許し、見せてきた。
でも、許してない、見せていない部分があった。
それが、違う好きというところなんだと思う。
それを見せた時、秀を見失ってしまうと無意識に感じた。
何かが変わることは怖い。
変えたくない。
わたしは今の関係が好きだ。
ただ、一緒の時間が単純に楽しいって思える。
だから……これ以上のものは求めない。
自然とそう思ってきたんだ……。
そんなことを考えていると、バッグの中で携帯が震え始めた。