all Reset 【完全版】
「事故での頭部外傷で健忘症になるケースはあります。亜希さんの症状は、記憶を失っていることと、恐らく、失語症も併発してると考えられます」
話は残酷なまでに続けられていく。
この人は……
一体何を言っているんだ?
冗談……だろ?
「突然のショック状態で今までの全ての記憶が無くなり、話したり書いたり、日常で行っていたことができなくなる。そんな症状です」
誰も、何も、言えなかった。
告げられたその事実はあまりに非現実すぎて、納得がいく答えじゃない。
「……治るんですよね?」
おばさんの祈るかのような訴え。
でも、先生は表情一つ変えない。
「それは……何とも、言えません。何かの拍子にすぐに記憶が戻ることもあるかもしれませんし、場合によっては一生……何も思い出せないかもしれません」
「そんな……それじゃあ、何も? 私のことも、わからないってことですか?!」
おばさんは今にも叫びだしそうだった。
娘が自分のことを思い出せない。
親としてそれほど苦痛なことはない。
問い詰められた先生は返事に困ったように目を伏せた。
「でも、今までのことを思い出せなくても、これからのことを覚えていけないわけではありません」
これから……先?
じゃあ…過去は?
今までのことは、
全部……無かったことになるのか?
絶望の中に射した一筋の光さえ、俺には希望や慰めにもならない。
亜希の中から…
俺はいなくなった……。
一緒に過ごした全ての時間は…
何も残ってない……。