all Reset 【完全版】
花束を花瓶に挿すと、亜希はまじまじと花を一つずつ見つめ始めた。
おばさんはそんな亜希に近付くと、肩に手を添え俺と向かい合わせに対面させた。
「亜希、秀くんよ」
耳元で囁かれた亜希は、さっきまでにこにこしていた表情を消し、大きな瞳に俺を映す。
「亜希が仲良くしてたお友達、秀くん」
おばさんは優しい口調で亜希に言う。
「……しゅう、くん」
亜希は初めて聞く言葉を覚えるように、小さく俺の名前を呟いた。
何だか苦しかった。
まだ喉に何か詰まっている感じがする。
名前を呼ばれていたころが、遠い昔のことみたいに感じた。
本当に……忘れたんだ。
「少しずつね、言葉も教えてるのよ」
おばさんは亜希の頭を撫でながらそう言った。
「どうしたらいいのか、わからなくてね……私のことも、もちろん憶えてなかったから。何だか亜希が産まれたときのこと……思い出しちゃったわ。子どものころに戻ったみたいで」
子どものころに、戻ったみたい……。
か……。
「何から教えたらいいのかと思ってね、先生とも相談したり……本を見せたりして、少しずつね」
近くに置いてあった絵本を手にし、おばさんは亜希に手渡す。
亜希は目を輝かせながら中身を開くと、真剣になってページをめくり始めた。
大人の姿をした子ども。
それはどこか異様な光景だった。
単純にそう思ってしまった。