青い瞳に願いを込めて
火事があった場所とはまた違う、ロンドンから少し外れの方には大きな丘があった。
もともとそこは誰のものでもなかったが、とある子爵が広い屋敷を建て、その辺の土地一帯を買い取り治めている。
屋敷の主は心の広い人で貧しい人々にも分け隔てなく、そこに住む者のことを第一に考えており、人々からの人望も厚かった。
国から多額の金を貰っても貧しいのためにどんどん資金を使ってしまうので、貴族といえどさほど裕福ではなく、人々と同じように田畑を耕して暮らすような生活ぶりであった。
しかしそんな生活に彼の妻は文句一つ言わず、一人息子に至っては自分も後を継いだら父親のような立派な貴族になりたいと彼を尊敬していた。
この一風変わった子爵家に他の貴族たちは愚かな行いだ、変わり者、と彼らを快く思わない。
それでも彼は貧しい人々のために働くことをやめず、家族3人の生活は貧しくとも幸せであった。
だがその幸せが途切れようとしている。
この屋敷の主…子爵が病に倒れたのだ。
重い重い病、医者は彼の病は治らないと言った。
ただ安静にすることだけが、延命するたったひとつの方法だと。



彼の横たわるベッドの傍には妻と息子二人だけ。
変わり者の子爵の最期を見舞う者は誰一人としていなかった。
「お父様…」
息子が名前を呼んだ。
溢れだしそうになる涙を必死に堪え、父親の痩せ細った手を握る。
彼の妻は変わり果てた夫の姿を目をそらすことなく、見つめていた。
「…アル」
彼は愛す息子の名前を呼んだ。
聞こえもしないようなか細い声だったが、息子のアルにはしっかりと聞こえていたようで、アルはもう一度問いかける。
「なんでしょう?お父様。お水ですか、それとも…」
アルの言葉を遮るように彼はアルの頭をなでた。
そしてゆっくりと話し出す。
「アル…よくきくんだ。これからお前にはつらいことが…苦しいことが待っているだろう…」
それが別れの言葉だと気づくのには充分すぎた。
「あなた…」
「泣くな」
彼はぽろぽろと涙を流し始めた妻に声をかける。
その声は儚くも優しく、芯の通った声だった。
そしてもう一度アルのほうに向き直す。
「この家の風当たりは強い、幼いお前には抱えきれないほど…」
「大丈夫です、お父様!」
アルはただしっかりと、不安にかられる父親に言った。
「僕は大丈夫。どんなことがあってもあきらめたりしません。必ずこの家を守っていきます。この命にかけて…」
アルの決意は固かった。
息子は知らず知らずのうちに大きくなっていたのだ、身も心も。
もう思い残すことはあるまい。
彼はゆっくりと目を閉じ、呟く。
「そうか…ありがとう…」
この先の自分のいない未来に不安はある。
でももう怖くはない。
アルなら時代の荒波に吞まれることなく、乗り越えていけるだろう。
みたかったなぁ…アルが乗り越えた先の未来を。
「あっ!流れ星!」
天井まである大きな窓から満天の星空を見ていたアルが突如、叫んだ。
星の欠片が2回、暗い月夜の空を駆けていったのが見えた。
「ほんとう…誰か亡くなったのね…」
妻が静かに呟くと、アルは尋ねる。
「人は死ぬとお星様になるのですか…?」
「……そうさ」
答えたのは彼であった。
「人は貴族でも平民でも…誰でも最期は同じような星になるんだ」
彼の顔は穏やかだった。
「…そっか……皆平等なんだね」



それから数時間後。
さっきと同じように一つの星がまばゆい光をまといながら、空を流れていった。
アルはそれを見つめた後、冷たくなった父の手を優しく握りしめる。
「お父様…僕もいつか星になります…綺麗な綺麗な星に。だからそこで待っていて下さい…」
アルの赤褐色の瞳から、一滴の雫がこぼれ落ちた。
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