櫻の園
放課後の学校は、脱け殻と呼ぶにふさわしかった。
ただほんの少し残る余韻のようなものが、先ほどまで息づいていた空気を想像させた。
「とりあえず教科書だけ持って帰ってもらおうかな。教室に持ってきてるの」
職員室で軽く挨拶を済ませた後、あたしが明日から編入する三年二組の教室へと案内される。
思ったとおり古びたその箱の中は、あたしの興味をそそるようなものを何も持ち合わせていないようだった。
机にのせられた教科書の山を手に取る。薄っぺらいそれらは、憂鬱の色を詰め込んだような中身をしていてなんだかずっしりと…重い。
「あら、赤星さん」
その時だった。
髪の長い女生徒が、教室のドアから姿をのぞかせたのは。
ピッチリと着こなされた制服は、彼女の人柄を象徴しているように見えた。
「まだ残ってたの?」
「あ、はい。調べものがあったので…佳代先生、こちらの方は?」
「結城桃さん。明日から、二組に編入する生徒さんよ」
赤星、と呼ばれる彼女の鋭い視線がこちらに向けられる。慌ててぺこりと頭を下げた。
「赤星真由子です。二組の学級委員をしてるから、わからないことがあったら何でも聞いて」
凛とした声はまるで的の真ん中を真っ直ぐに射抜く弓のようで、全く隙がなかった。
やっぱりスカートの裾が、ざらついてこそばゆい。
「そうだ、赤星さん!今日これから忙しい?」
「いえ…特には」
「それなら、結城さんに学校を案内してあげてくれないかしら?」
はぁ…、と曖昧な返事をして、眉を寄せた赤星さんはあたしを見る。
その視線は強すぎて、なんだか苦手だと思った。あたしがここにいるのが間違っているかのような…そんな居たたまれないような気分になる。
それじゃあよろしくね、とふんわりとした笑顔を残して去っていく先生。
息をするのも、重いほどの空気。
赤星さんはくるりと背を向けると、一人スタスタと廊下に向かって歩き出した。
「あの…?」
「案内するから。ついてきて」
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