櫻の園

駅前の時計が低い鐘の音を鳴らし、八時を告げた。

月が出ていた。満月に近いその明るい光のせいで、何千何万とあるはずの星は数えるほどしか見えなかった。


洲のポケットの携帯がチカチカと光り、持ち主を呼んでいる。

ふと我に帰ったあたしは、洲の手を放して涙をぬぐった。


「…洲、ごめん…行っていいから。ライブのリハーサルあるって言ってたじゃん…」

「……桃、」

「行って」


追い払うように洲の肩を押す。

鳴り止んだ時計の鐘。


そのままグイッと腕を引かれた。

驚いて顔をあげると、目の前には真剣な洲の顔。洲は手を掴んだまま立ち上がると、あたしを引っ張って歩き出した。


驚いて思わず振りほどこうとするあたし。


強く握られたままの、右手。


「!?ちょっと洲…っ!!」


「いいから。ついてこい。」











.
< 110 / 193 >

この作品をシェア

pagetop