櫻の園
……
『お母さん、あたしね…中学を卒業したら、本格的にバイオリンの道に進みたい。…東京の学校に、行かせてほしいの』
あたしがそう言った時、お母さんの態度はとても穏やかだった。それはまるで、あたしがいつかそのことを言い出すとずっと前からわかっていたようだった。
まだ十代半ばすぎの娘の一人暮らし。学費は、驚くほどに高い。
それでも両親は、あたしを快く送り出すと承諾してくれた。お母さんは細々と続けていたバイオリン教室を閉めることを決めた。そして朝から晩までギッシリと、会社を見つけて働き始めた。
『桃がバイオリニストになったら、一番前の席にお母さんたちを招待してね』
あたしは頷いた。満面の笑みで、うん、と首を振った。
…どうしてだろう。記憶が、どんどん昔へと巻き戻る。
『すごいじゃない桃!!あの有名なコンクールで賞を取るなんて!』
『結城さんとこの、自慢の娘だね』
『桃はみんなの目標なのよ』
『次は何の曲にしようか?』
『桃は、お母さんの昔の夢をきっと叶えてくれるのね』
『桃ちゃんは、バイオリンが好き?』
『お母さんの大好きな楽器なの。弾いてみる?桃』
うん、おかあさん、ずっとあたし、ひいてみたかったの。
だっておかあさんのバイオリンのおと、すっごくきれいなんだもの。
……
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