櫻の園
…夢でも見ているみたいだった。
16時過ぎの夕方の空は昼間の白い光と、夕方の赤い光が融合していて幻想的な風景になっている。
ポカンと口をあけたまま突っ立っていると、洲は笑って、「ひっでー顔だなぁ、お前」とあたしの右頬を小突いた。
「玄関開けて、出てきたお前が笑ってたら…俺、テキトーにバカな話して、帰ろうと思ってたのに。これじゃあ、帰れねえじゃん」
洲は笑みを頬に含んだまま、あたしの頭に手を乗せた。ポンポンと、大きな手が優しくあたしに触れる度に心が揺さぶられるようだった。
どうして洲はいつもいつも、あたしがピンチの時に来てくれるのかな。もしマントが背中についていたなら、もうスーパーマンだって信じてあげてもいい。
…どうしてあたしは、洲の前だと素直に涙が流せるのかなぁ。
「来ちゃダメだよ。あたし今、自宅謹慎中…」
「…え?」
「…っ、若松先生から…電話があったの……っ」
滝のように胸につっかえていたものが流れ出した。東京に戻ってこないかと言われたこと。あたし自身、どうしたいのかわからないこと。
「もう一度…やらないかって…っ!!」
バイオリンが駄目だった。世界が崩れた。
櫻華に逃げた。初めて、仲間を見つけた。
やりたいことを見つけた。みんなで一つのことを築く、喜びを見つけた。
それがまた駄目になって、それであたしは、またバイオリンに戻る?
あたしはまた、「逃げ場」を探しているだけなんじゃないのか。
全部放り出して、丸投げにして…あたしは。
全部全部ぶちまけて、あたしは泣き続けた。洲はずっと、あたしのそばで何も言わずに聞いてくれていた。
大きな手が、顎まで達した涙をすくう。
涙に塗りたくられた顔は、きっと見ていられないほどひどいものに違いない。
急に恥ずかしくなって、あたしは洗面所にひっかけられたタオルを奪うと、顔を埋めた。
すぐそばにある、洲の気配。
「…洲はいつも、あたしが困ってるときに来てくれるんだね」
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