櫻の園

涙をぬぐい取った後の視界は、ずいぶんとクリアなものになっていた。

その視界の中、思いもよらず洲は複雑そうな顔をしていた。茶色い頭に、くしゃりと手をやってため息をつく。


「洲…?」

「だったら、もっと困らすかも」


洲の言葉の意味を、理解する暇もなかった。


力強く腕を引かれると、そのまま抱きしめられた。


…驚きのあまり、身動きができない。洲の腕は、小刻みに震えていた。


「…ごめん…だって俺、嬉しいと思ってる。お前が東京戻るかもしれないって。…もしかしたら、離れなくていいかもしれないって」


頭のどこかが、麻痺したようだった。信じられなかった。でも、洲だったから信じられる気がした。

温もりが伝わる。ちょうど額に当たる、心臓の鼓動。洲が生きている証。このまま溶け込んでしまえたら、どんなにいいだろう。

あたしを包む腕の力が強くなる。頭の上に、洲のため息を感じた。


「…あ〜…ごめん。全然、こんなこというつもりじゃなかったのに…」

「洲……」

「今度出直す!…けど、あと三分だけ」


カップラーメンの時間じゃん、と心の中で呟いた。でも洲の腕が優しくて、あたしを励まそうとしてくれている気持ちが痛いほどに伝わってきた。


それは、頑張れって、応援してるって、何万回言われるよりも確かなもので。



「…お前が好きだ」



耳元に落ちた言葉。ぬぐったばかりの頬にまた一筋、涙が伝った。











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