櫻の園

窓が開け放たれている。

白いレースのカーテンが風に靡いて、闇とのコントラストをあたしに見せる。


それはどこか、制服の白いリボンに似ていた。


ゆっくりとこちらを振り返ったお姉ちゃんは、ぼんやりと虚ろな目をしていた。


「…ああ、桃。ごめんね、もうこんな時間かぁ」

「…お姉ちゃん…何かあったの?」


別に何もないわよ、うっすらと笑ってお姉ちゃんはまたあたしに背を向ける。
羽織られたカーディガンに、頼りなげなお姉ちゃんの背中のシルエットが浮かび上がっていた。


「今日ね。式場に行ったあと…高校に寄ってみたの」

「…櫻華に?」

「ええ。…懐かしかったな。変わってないものばっかりで…。でも、」


風が吹き込む。部屋の空気をまるごと、さらっていく。


「月日は確実に、流れてるのね…」


お姉ちゃんの髪は、月の光に染まって銀色に輝いて見えた。俯いたままの彼女に、沈黙が満ちた部屋。


「…お姉ちゃ──」
「今日みたいにね、すごく風が強い日だったの」


姿は朧気だったが、声は妙にハッキリと聞こえた。

すぐ目の前にいるのに、彼女はどこか遠くにいるみたいで。


「"桜の園"…やるはずだった日」


お姉ちゃんの膝元には、結婚式場のパンフレットが散らばっている。

そのすぐ横には、いつ使っていたものだろうか…古びた学生ノートが数冊、放られていた。

結城杏─ノートの上に色ペンで書かれた、可愛らしい丸文字。

喉の奥がきゅうっと閉まった。言葉を、もぎ取られてしまったみたいだった。


「佳代先輩と約束したのに…。必ずみんなでお芝居成功させよう、一生懸命やった稽古、絶対無駄にしちゃいけないよねって…」

「……」

「桜を見るたびに思い出すの。…あの春の、死ぬほど悔しかった気持ち…」


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