櫻の園

洲が演奏を終えると、わぁっとたくさんの拍手がわいた。


人影もまばらだと思っていた路地に、こんなにも人がいたのかと驚くほどだ。

洲の満ち足りた笑顔に、あたしの口元にも自然と笑みがこぼれる。


湧き上がってきたのは感動と興奮と、少しばかりの嫉妬。

素直に羨ましいと思えた。こんなにも、人を惹き付ける演奏ができるなんて。


…そう思うのは、やっぱりあたしも長いこと音楽に打ち込んでいたからだろうか。


ぼうっとそんなことを考えていると、また次の演奏が始まった。観客が静かに口をつぐむ。洲の作り出す世界に、入り込もうとしている。


「……!!」


ハッとして顔を上げると、洲の瞳とかち合った。洲の目は、合図を送るかのようにあたしに向けられている。


真昼の、洲と再会の時に吹いていた曲。

…あたしたちが、初めてのコンクールで弾いた曲だ。


気がついたら、勝手に手が動いていた。

バイオリンを取り出す。弦を握る。確かめるように、肩に胴体をもたれさせる。


吸い込まれるのが先か、吸い込むのが先か。あっという間に戻ってきた感覚に、しばらくのブランクは消え去っていた。


もう、弾かずにはいられなかった。


ゆっくりと、ゆったりと弦を引く。生まれる、丸みを帯びた長く続く音。

息を吹き返したバイオリンは、嬉しくてたまらないというようにあたしの動きに応えて声を上げる。

背筋がしびれた。電流なんてものじゃない、稲妻が一気に体を巡った気がした。


戻ってくる。戻ってくる。錆びついていた体の中がボロボロと剥がれおちて、生まれ変わっていく自分を見た気がした。


今気づいた。思い出した。あたしは、


──あたしは、バイオリンが好きなんだ。



気がついたら視界が滲んでいた。


…今にも、涙がこぼれそうだった。


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