櫻の園
『桃ちゃんは、バイオリンが好き?』
何の疑問もなく、幼いあたしは頷いた。
お母さんは嬉しそうに笑って、あたしの頭を撫でた。
『お母さんもね、桃ちゃんのバイオリンが大好きなの』
『楽しいって。弾くのが好きだって。そう聞こえてくるから』
広大な夜空に、あたしたちの声が響く。
絡み合う洲とあたしの音は、まるでパズルのピースのようにぴったりと当てはまる。
鮮やかなまでに色づく世界。気持ち良かった。
身体の奥が、ゾクゾクと震えるように。
散らばる星屑があたしたちを見下ろす。あたしは胸いっぱいに空気を吸い込んで、星立ちを仰ぎ見る。
暖かくて、優しくて、滲む涙が渇くことはない。
幸福に満ちた時は、あたしをまるごと包み込む。永遠に続く音楽だけは残して。
…だってあたしは、バイオリンが好きなんだ。
演奏が終わるやいなや、どうっと溢れんばかりに巻き起こる拍手。体をむしばむ興奮。ここは舞台でも、綺麗なコンクール会場でもない…さびれた駅裏のコンクリートの上なのに、今のあたしにとっては最高の場所に思えた。
あたしたちはすっかり夜が満ちるまで、何度も何度も奏で続けていた。
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