櫻の園
ストリートライブを終えた後も、洲もあたしもしばらく興奮の熱が冷めなかった。
こんな感覚は久しぶりだ。いや、もしかしたら初めて味わったものかもしれない。生まれゆく自分の音に、見事に絡まる洲の音色。
お互い呆けたように黙ったまま、自分の楽器をケースに収めていった。
この時の感情を、どう表せばいいのだろう。あたしは体中に渦巻くこの感情を、うまく表現する言葉を持っていなかった。
チリン、と短くベルが鳴る。振り向くと、自転車にまたがった洲が後ろの荷台を指さしていた。
「…乗れよ」
荷台にまたがると、タイヤが重みでキュッとしなった。
洲の背中に手をやると、それを合図にペダルが漕ぎだされる。
流れゆく星空。
自転車のカゴの中には、行きしと変わらずにカタコトと揺れるバイオリンケースがあった。
「…ねぇ、洲」
背中にコツン、と額を当てる。温かい体温が、生きていることを教えてくれる。
「ありがとう」
あたしの声はふわりと浮かぶと、耳元を流れていく風にさらわれていった。
まだ頭の中に残る、繰り返される、先ほどの二人のメロディー。
もう一度強く額を押し当てた時、洲がゆっくりと口を開いた。
「これで、気が済んだだろ?」
「…え?」
驚いて顔を上げる。前を向いたまま、自転車を漕ぎ続ける洲。目の前にあるのは背中ばかりで、洲がどんな顔をしているのかわからない。
「…この前はごめん。気持ち抑えらんなくてさ、弱ってるお前につけ込むようなこと言った」
「……そんな──、」
「お前にはやらなきゃいけないことがあるんだろ?」
ハッキリと響いた洲の声。あたしの頭の中に、みんなの顔が次々に浮かんだ。
あたしの名を呼ぶ、みんなの声が。
『あたしたちには、桃が必要なの!!』
「洲…でもあたし──」
「お前を待ってるヤツがいるんだろ?」
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