櫻の園
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制服の重さが久々に、あたしの肩に乗っかる。
早朝の光が、開け放たれた窓から入り込んであたしを包む。それも久しぶりの感覚で、あたしは少し目を細めた。
決意は、昨日のうちに固めていた。
肌に染み込む朝の気温。靴下に足を通し、リビングに降りてきたあたしを見てお母さんは目を丸くした。
「桃…学校……」
「うん、行ってくる」
甲高い音をたてて、コンロに乗せられたやかんから湯気が噴き上げる。お母さんは慌ててツマミをひねった後、そう、と小さく頷いた。
「…言ってくれればよかったのに。お弁当作ってないじゃない」
優しく笑うと、お母さんはあたしの胸元のリボンを綺麗に整えてくれた。心の中でごめんね、と呟く。
散々心配をかけて、苦労をかけて。それなのに、あたしはこれから自ら命を絶ちにいくようなものだから。
それでも、今やらなきゃいけないこと。大事にしなきゃいけないことに、気づいたんだ。
「行ってきます」
胸元で結ばれた制服の白いリボン。鏡の中に映る自分。きっちりと着こなされた制服は、まるで戦闘服みたいだった。
久し振りにローファーで踏みしめるアスファルトは、とても硬くてキラキラと黒く輝いている。
澄んだ空気はずうっと向こうまで続いていて、まるでなまった体の中が洗われていくようだった。
不思議と不安はなかった。とても満ち足りた、気持ちだった。
高校の正門が見えるのが先か後か、「おはようございます」と学校に向かって繰り返される挨拶が耳に届く。なんの不自然もなく行われる伝統は、櫻華の法律のようなものだ。
あたしの姿を見つけた数人の生徒がざわざわと騒ぐのがわかる。ここ数日であたしもずいぶん有名人になったのだろう…心の中で苦笑した。
もちろんいい意味でなく、悪い意味での有名だ。
人波をすり抜けて、二階を目指して突き進んだ。
向かうのは教室じゃない。
──職員室だ。
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