櫻の園
足がひるむことはなかった。あたしはもう戻れない。戻らないし、振り返らない。
今度こそもう逃げないって…決めたんだ。
今日は水曜日。いつもより早くから全員が集まり、職員会議が開かれる曜日だった。
「失礼します」
大声を上げて室内に踏み込むと、ピタリと静まりかえった空間。大半の先生たちがあんぐりと口を開けて、信じられないといったようにあたしを見ていた。
「結城さん…!!」
佳代先生もその中の一人だった。慌てたように椅子から立ち上がるとこちらへ走ってくる。
佳代先生の瞳は、動揺の色を露わにしていた。
「今日は来てくれたのね…でも職員会議中は入室禁止よ、話なら後で──」
「教頭先生に話があります」
ざわ…っと職員室が沸いた。全員の目が、あたしと教頭先生の二点を往復する。
中心に机を構える教頭先生は、口を真一文字に結ぶとあたしの方をギュっと睨んだ。
「…何の用件かしら。勝手もいい加減になさい、結城さん。また処分を受けたいのですか?」
「勝手なことはわかってます」
先生の前まで、ゆっくりと歩みを進める。まさに一触即発、という言葉通りのピリピリした空間が、色濃さを増していく。
「今日はお願いに来ました」
丁寧に頭を下げると、教頭先生の眉が訝しげにピクリと動いた。職員室全体が、恐々と息をのむ。
あたしは顔を上げると、もう一歩前へと進み出た。
「どうしても"桜の園"をやりたいんです。上演許可を下さい」
あたしの言葉はまるで爆発剤だったかのように、職員室が一気に騒がしくなった。
教頭先生の目が、見るに堪えがたいものでも前にしているようにひどく歪む。
それでも決意を固めた自分の心は、けっして縮んでしまうことはなかった。
もしこれで、『退学処分』を下されても構わない。
…あたしはやっとわかったんだ。ずいぶん遠回りをしたけれど、今自分がすべきことが。後悔しないための、とるべき行動が。
ずっと前を見ることができなかった自分を、好きになれるかもしれない…唯一の方法が。
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今度こそもう逃げないって…決めたんだ。
今日は水曜日。いつもより早くから全員が集まり、職員会議が開かれる曜日だった。
「失礼します」
大声を上げて室内に踏み込むと、ピタリと静まりかえった空間。大半の先生たちがあんぐりと口を開けて、信じられないといったようにあたしを見ていた。
「結城さん…!!」
佳代先生もその中の一人だった。慌てたように椅子から立ち上がるとこちらへ走ってくる。
佳代先生の瞳は、動揺の色を露わにしていた。
「今日は来てくれたのね…でも職員会議中は入室禁止よ、話なら後で──」
「教頭先生に話があります」
ざわ…っと職員室が沸いた。全員の目が、あたしと教頭先生の二点を往復する。
中心に机を構える教頭先生は、口を真一文字に結ぶとあたしの方をギュっと睨んだ。
「…何の用件かしら。勝手もいい加減になさい、結城さん。また処分を受けたいのですか?」
「勝手なことはわかってます」
先生の前まで、ゆっくりと歩みを進める。まさに一触即発、という言葉通りのピリピリした空間が、色濃さを増していく。
「今日はお願いに来ました」
丁寧に頭を下げると、教頭先生の眉が訝しげにピクリと動いた。職員室全体が、恐々と息をのむ。
あたしは顔を上げると、もう一歩前へと進み出た。
「どうしても"桜の園"をやりたいんです。上演許可を下さい」
あたしの言葉はまるで爆発剤だったかのように、職員室が一気に騒がしくなった。
教頭先生の目が、見るに堪えがたいものでも前にしているようにひどく歪む。
それでも決意を固めた自分の心は、けっして縮んでしまうことはなかった。
もしこれで、『退学処分』を下されても構わない。
…あたしはやっとわかったんだ。ずいぶん遠回りをしたけれど、今自分がすべきことが。後悔しないための、とるべき行動が。
ずっと前を見ることができなかった自分を、好きになれるかもしれない…唯一の方法が。
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