櫻の園
「……洲」
「…だって俺、お前のバイオリン好きなんだよ」
あたしが今一番欲しかったものだった気がした、その言葉は。
きつく手を握る。握り返される。こうしていると、幼いころに戻ったみたいだ。何も知らずに、ただ世界が自分たちに優しいものだと信じていたあの頃。
でも今この瞬間。あたしはもう一度、この世界を信じてみたいと思える。
「…借りは返さない、とは言ってないよ」
思ったよりもハッキリと、辺りに響いたあたしの声。
「あたし、"桜の園"無事にやり終えて、きっちりみんなと卒業したら…もっかい東京に行こうと思う。もう一回、自分の夢追いかけてみようと思うんだ」
そこには必ず辛いことも、苦しいこともある。涙が枯れることもある。けれど、あたしはもう背を向けたりなんてしない。夢を持つ自分自身を、信じてあげたいんだ。
「洲に追いついてみせるから。だから…待ってて」
そう言ってにっこり微笑んで見せる。洲は驚いたように固まったままで、それから困ったように笑って、そして。
「…お前には敵わねえよ」
そのまま、あたしを腕の中に引き寄せた。
ステージの上。鈍い、黄色い光。
これは終わりなんかじゃない。また新しい、何かの始まり。
もうすぐ、彼の晴れ舞台が始まる。
洲の腕の中で、あたしも負けないくらいにきつく、彼の背中にしがみついた。
ねぇ、伝わってるかな。
好きだよ。すごく好きだよ、洲。
あたしの発信源は、いつも洲でした。
今までも、きっとこれからも。
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