櫻の園


これだけ大量の人数が一気に来るなんて、クレープ屋さんの売り上げもきっと今日は好調だろう。

甘ったるい匂いが鼻をつく。ここにくるのは、編入した日にすぐ引き連れてこられた以来だ。

変わったことと言えば、表のメニューに出されていたオススメ品が夏限定のマンゴープリンクレープになっていることくらい。

可愛らしいチェックの外装も、漂うこの香りも、あとは何も変わっていなかった。


「どれにしよ〜!?イチゴかキャラメルか…でもマンゴーも捨てがたいし〜!!」

「どっちも食べれば?美登里なら余裕でしょ」


クレープ屋さんの前でわあきゃあと楽しそうな論争を繰り広げる美登里たち。

あたしはとっくに決めたクレープを頬張りながら、葵の隣に座っていた。


「桃、口の横にクリームついてる」

「へ?」


ふわりと笑って、頬を拭ってくれた葵の指先。

目の前にある整った彼女の顔は、相変わらずいつまでも見つめていたくなるほど綺麗だ。

じっと穴が悪ほどに見つめていると、葵は不思議そうに首を傾げた。


「…どしたの?」

「あ、ううん!ありがと」

慌ててそう言うと、もう半分ほどになってしまったクレープをもう一口頬張った。

広がる、ほろ苦いチョコレートの味。

耳元で、葵がポツリと言葉をこぼした。


「今日…眠れるかなぁ」

「え?」

「明日のこと考えると、緊張しちゃって寝れないかも」


へへっと照れたように笑って、葵もあたしと同じようにクレープを頬張る。


「葵がそんなこと言うなんて…なんか、意外かも…」

いつもみんなからあんなに注目されている葵でも、緊張なんてするんだ。

あたしが驚いた顔をクレープをかじるのを止めていると、葵が少しためらうように口を開いた。


「…あたし、ホントはすっごい弱っちいんだ」


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