櫻の園
「佳代先生からもダメ出しばっかりされて、結構ヘコんでたし。…なんで、ラネーフスカヤなんかやるって言っちゃったんだろうって」
「…でも男役、嫌だったんでしょ?」
「私がやったらハマりすぎでしょ?…小さい頃からずっと男の子みたいって言われてきて…騒がれるのもさ、女子校だからしょうがないなって思ってて」
頬に落ちる、睫毛の影。長い黒髪がサラリと流れ、葵の横顔を隠す。
「それに答えようとして、カッコつけて…ずっと嫌いだったの、自分のこと」
でもね、葵はそう言って真っ直ぐに前を見る。
光を吸い込むように輝く瞳が、やけに印象的だった。
「みんなで一緒に頑張ってきて、いろんなこと乗り越えて…等身大の自分に向き合えて。今はあたし、ちょっと自分のこと…好きになれたよ」
いつも冷静で、大人で。
葵にもずっと、そんな葛藤があったんだ──。
ポタリ、とクレープに入っているアイスが溶けて、手のひらに落ちた。
慌てて溶けた部分にかぶりつく。
そんなあたしを見て楽しそうに笑い、葵はスッと席を立った。そしてそのまま、メニューの前に立ち尽くす後ろ姿に歩み寄る。
赤星さんは眉間にシワを寄せて、メニュー表とにらめっこしていた。
「決まらないの?赤星さん」
「!!小笠原さん…!!…う、うん…こういうとこにくるの、初めてなの」
いきなり葵に話しかけられた赤星さんは、こちらにもわかるくらいに顔を赤く染めた。
もごもごとほとんど口を閉じたまま、少し俯き気味で話す。
「あたしの頼んだやつ、すごいおいしいよ」
そんな赤星さんに、葵は優しい笑みを浮かべてそう言った。
ホッとしたように、赤星さんも優しい、満ち足りた笑顔になる。
「…じゃあそれにしようかな」
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