櫻の園
リビングのテーブルにはお姉ちゃんお得意のビーフシチューと、いつもより二品ほど多いおかずが並んでいた。
どれもあたしの好きなものばかりだ。
「どうしたのこれ…?」
「今日は前夜祭!明日本番でしょ?しっかり食べて、頑張らなきゃ!!」
ホカホカと湯気を立てるビーフシチュー。あたしの心の中まで、暖かい温度が染み込んでくる。
「今日なんか風が冷たいね?桃、お風呂から上がったら湯冷めしないようにしないと」
「……うん」
並々とつがれたビーフシチューは、スプーンを沈めただけでこぼれてしまいそうだった。
あたしのためにお姉ちゃんが一生懸命に作ってくれる様子を思い浮かべると、じんわりと胸が熱くなるのを感じた。
─ずっと、心配だったのだ。
お姉ちゃんにとっては決して拭えない重い過去。
お姉ちゃんが諦めざるを得なかったものを、妹のあたしが奪ってしまうことになるんじゃないかって。
あたしが黙って席につくと、エプロンを脱いだお姉ちゃんも、その正面に座った。
「…佳代先輩から電話があった時ね」
お姉ちゃんはスプーンでシチューをかき混ぜながら、少し笑みを浮かべて口を開いた。
「桃のこと、すごいって言ってたわ。みんなの心を、桃が動かしたんだ…って」
つけっぱなしのテレビは、ひたすら明るい笑い声を垂れ流す。
スプーンを口に運ぶと、お姉ちゃんの味がじんわりと体に染みた。
「…お姉ちゃん、美味しい」
目元がぐっと熱くなる。
今までずっとこらえてきた分かなぁ。やっぱり最近のあたしは、涙もろくて困る。
「めちゃくちゃ…美味しいよ…っ、」
涙声のあたしに、お姉ちゃんはハの字に眉を下げて困ったように笑う。
「…よかった」
そう言ったお姉ちゃんの声も、少し滲んでいた。
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