櫻の園

「…ならあたし、取ってくるよ」


慌てる一年生の頭をポンと叩いて、あたしは一人控え室の外へ出た。

室内にこもった、化粧品の独特の匂い。

ちょうど外の空気が吸いたかったところだ。


眩しい光は、どちらかというと春よりも夏らしさを感じさせた。

まだちょうど中間の季節だ。日によって、風景の雰囲気も変わるのかもしれない。

慣れない男物の靴で向かった旧校舎は、初めて見た時と変わらずに何も拒むことをせず…ゆったりとそこに建っていた。


「……わっ」


一瞬驚いてしまった、旧校舎の古びた窓に映る自分の姿。

化粧と衣装だけでこうも変わるものだ。

窓の中であたしに向き合うのは、まさしくあたしがなりすましている青年のペーチャだったから。


ひっそりと足を踏み入れた旧校舎の床は、あたしの足取りに合わせてキィ、キィ、と鈍い音を立てた。


もうすぐ取り壊されるこの校舎。

立ち入り禁止だったこの場所。


何もかもが嫌になって、逃げるようにひたすらに走っていたあたしが辿り着いたのは…偶然にも開いていた扉。

もしかすると、この旧校舎は最後の生徒にとあたしを招き寄せてくれたのかもしれない。


それはあたしにとって、最高の奇跡のように思えた。


ポツンと取り残されていた花びらの箱を手にすると、思い出の詰まった旧校舎を後にする。

控え室に戻ったら最後にセリフをチェックしておこう──そう思って足を早めた、その時だった。


「赤星さん、もっと寄って」

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