櫻の園

中庭に面した校舎の角から声が聞こえて、あたしは思わず影に隠れてしまった。

そっと中庭の様子をうかがうと、そこにいたのは鼻の下にヒゲをつけた、ロパーヒンの赤星さん。


「───!!」


そしてその隣には、美しいラネーフスカヤへと変身した葵の姿があった。

葵と肩を寄せ合い、赤星さんは携帯のカメラを自分たちに向けている。

カシャ、とシャッターを切る音。その手は心なしか、少しだけ震えていた。


「あはは、ブレちゃってる!次はあたしが撮るよ」


葵は楽しそうに笑うと、赤星さんのものらしき白い携帯を受け取った。

嬉しそうに微笑んで、赤星さんは頬を染める。


「…ありがとう」



──まさかここに、この二人がいるなんて思わなかった。


いつかの赤星さんの表情を思い出す。

あの時の細められた目には、綺麗なものしか映っていない気がした。


『ずっと、小笠原さんに憧れてたの』


影に隠れたまま、あたしはただ棒立ちになっていた。立ち聞きをしているみたいで具合が悪い。

けれどあたしの体は、その場に固まったまま動けなかったのだ。


「赤星さん、緊張してる?」


葵の問いかけに、赤星さんは下手くそな笑顔を浮かべた。


「…朝ご飯、吐きそうかも」

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