櫻の園
高校を卒業して、あたしはすぐに東京に出てきた。
バイオリニストになる。洲と約束した夢を、もう一度追うために。
高校在学中に、今すぐには無理だと一度は断りを入れたにも関わらず…若松先生は、1人東京に降り立ったあたしを快く出迎えてくれた。
"あたし、この前の桃の演奏会に行ったの。"
もう一度始めた稽古。
もちろん、何もかもがすんなり行くとは思わなかった。
まずは鈍っていた腕を取り戻すところから始めなければならないのだ。
必死でバイオリンに向かった。なかなか成果は現れなかったけれど、あたしの中に「諦める」という言葉は一度も生まれなかった。
"すごい、感動した。音楽のことはあたし、あまりよくわからないんだけど…それでも、心から感動しました。"
挑戦した何度目かのコンクール。
あたしは、初めて審査員の方から拍手をもらった。
『君の演奏は、殻を破るように真っ直ぐだね』
"あたしも、演じることを頑張っています。舞台の幕が上がる瞬間が、一番好き。
すごく緊張するけれど、一番気持ちいいの。初心に帰れる気がする。
あの、高校時代の"桜の園"のことを思い出すんだ。
それから、今日は桃に報告したいことがあります。"
そのコンクールが終わって初めて、あたしは洲に電話をかけた。
自分が頑張れている、その結果を出せるまでは、連絡を取らないと決めていたのだ。
もしかして番号が変わってしまっているんじゃないか…そう思ったけれど、何度目かのコールが鳴った後に聞こえてきたのは、あたしの大好きなあの低い声だった。
『もしもし…桃?』
"あたし、今度結婚することになりました。
相手は舞台関係で知り合った人。
式の招待状を同封しています。桃に、みんなに、一番来てほしいです。"
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