櫻の園
結婚式場の教会には、ふわふわと浮いたような空気が立ちこめていた。
期待と興奮。今から始まろうとする儀式への、それぞれの想いがこの空間に浮き出ているのだ。
正面のステンドグラスから、穏やかに、ゆったりと差し込む光。
それは全てを包み込むように、優しい丸みを帯びている。
あたしはバイオリンを手に、一人ドアの近くに待機していた。
葵の、人生最大の晴れ舞台。
その始まりを奏でられるなんて、あたしはきっとすごくすごく幸せ者だ。
合図が出される。
バイオリンを構え、大きく息を吸う。
扉が開いた瞬間と、音が生まれた瞬間は同じだった。
『初めまして、小笠原葵です』
─初めて面と向かって、葵に出会った時。
あたしは、自分が嫌いでしょうがなかった。
葵みたいな、こんな人になりたいと思った。
でも今、あたしが葵じゃなくて、結城桃で、良かったと思える。
こうして大好きなバイオリンを奏でて、誰よりも先に彼女を祝えるんだから。
葵が歩みを進めるたび、全員が息を呑む。
生まれ出た音に、空気が動いていくのがわかる。
葵が教壇の前まで辿り着き、あたしはゆっくりと弦を引いて最後の音を奏でた。
美登里と奈々美が、チラリとこちらを向いてにっこりと笑いかける。
そっとバイオリンをしまうと、すぐに二人の隣に戻った。
キュッとあたしの手を握る美登里。
そしてあたしの顔の前に手を出すと、「よかったよ」と親指を立てた。
ドレスの純白は、葵の色だと思った。
何にも染まっていない、無限の可能性を秘めた色。
『新婦、小笠原葵。あなたはこの男性を夫とし、病めるときも健やかなときも、互いに支え合い、生涯をかけて愛することを誓いますか?』
「誓います」
真っ直ぐにそう言い切った葵は、今までで一番…綺麗だった。
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