櫻の園
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満天の星空だった。
空いっぱいに広がる暗い闇は、星屑を抱えすぎているせいか少し重そうに垂れ込めている。
みんなと駅で別れて、実家からの迎えを待つ。
すぐに新幹線で東京に帰ってもよかったのだが、せっかくなので泊まっていけと、お母さんがそう言ってくれたのだ。
二次会と、それに続く飲み会のせいで未だに頬が少し蒸気していた。
夜の空気に、まだ馴染まない熱。
手を振って別れたみんなの笑顔は、まだ目の前にあるかのようにあたしの頭の中に映し出されている。
これが記憶になってしまうことを思うと…なんとも言えない、寂しいような、切ないような気持ちになる。
みんなまた、明日からは別々の場所で頑張っていく。
次に会えるのはいつだろうか。次は、みんなどんな風に変わっているのだろう。
それでもまた出会えた時は、みんなが集まった時には。あの変わらない暖かい雰囲気が迎えてくれると、根拠なしにそう思った。
どこまでも広がる星空。
手を伸ばしてみれば届きそうで、でも本当はずっと遠いその場所。
カバンの中の携帯を、手で探る。
…なんだか無性に、彼の声が聞きたくなった。
「…はい」
「洲?…今、大丈夫?」
「おう!結婚式、どうだった?」
耳に押し当てた電話口から、聞こえてきた洲の低い声。
あたしの髪を、夜の風が撫でていく。
「…すごい綺麗だったよ、葵」
頭の中で、ドレスをまとった彼女を思い浮かべる。
あたしの中の葵は、こちらを向いて笑っていた。
「…なんかさ、懐かしかった」
「うん」
「みんな変わってたけど…変わってないとこも、やっぱりあって」
「…うん」
「みんなそれぞれ頑張ってて、あたしも、負けてらんないな…って」
「…そっか」
届かないとわかっていても、あたしは空に向かって手を伸ばす。
指先に、冷たい空気が絡み付いた。
「…ねえ、洲」
「ん?」
「…好きだよ」
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