櫻の園
足元が崩れていくのが自分でもわかる。

どんどん汚れていくヴァイオリンへの思いを、これ以上自分の中に置いておけない。


『結城さんてさぁ、最近もうガタ落ちだよな~』


自分の感情を全て捨ててまで、弓を握ることなんてできない。

1曲弾くたびに、泣きそうなほど痛むこの胸の中を、誰もわかってなんてくれない。


『させてもらう』じゃないのに。

あたしはただ、楽しんで弾いていたいだけなのに。



「そうよ、それがあなたのため──」

「──わかりました」


入ってくる声も、すきま風のうなりも、何もかもが濁って聞こえる。

引き裂かれた心には、もう流す血も残っていない。

息苦しい。

ここには、あたしの周りには、空気が足りない。


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