櫻の園
キャアキャアと黄色い声援に囲まれた葵が脳裏に浮かぶ。
グラウンドで一人、葵は何を思って跳んでいたのだろう。
「あたしね、」
何も言えないで隣を歩くあたしに、葵はそう続けて、小さく息を呑んだ。
「将来、女優になりたいんだ」
並んだローファーが、光を受けて輝く。
揺れるスカートの裾。
心臓は高鳴り、脈打つそれは生きていることを主張していた。
「あたしが女優とか…そんなこと言うとみんな笑うだろうけど…でももし、"桜の園"ちゃんとやれたら──」
─どこに行っても、夢に向かって頑張れる気がしたんだ。
葵の真っ直ぐな瞳と、はっきりとしたその言葉はあたしの奥底を深く揺るがせた。
葵はきっと知らないのだ。葵が騒がれるのはスポーツができるだとか、背が高くて男っぽいとか、そういうことだけじゃないことを。
葵には、人を惹きつける何かがあるんだということを。
「…いいと思う」
口から出た言葉は、自分でも思うほどしっかりとした言葉だった。
「葵なら、できると思う」
本当にそう思ったし、心からそうなってほしいと思ったのだ。
あたしの言葉に俯いて、照れたように笑う葵は今までで見た中で一番可愛かった。
「…じゃああたし、舞台に興味ありそうな子に声かけてみとくね!」
「うん!葵に頼まれて断る子いないって」
嬉しかった。葵が、あたしにだけ少し自分を見せてくれたことが。
柄にもなく舞い上がってしまっていたからだろうか。
笑いながら桜の下を歩くあたしたちの後ろ…赤星さんが真っ直ぐにこちらを見ていたことに、あたしは全く気づかなかった。
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