櫻の園
花酔い
窓を開けると、新鮮な風が舞い込んだ。
うんとそれを吸い込むと、体の奥まで洗われる気がする。
「男役はどーすんの〜?桃〜っ!」
「そだよ、葵がラネーフスカヤやるんじゃ他にやれる人いないじゃん!桃が言い出したんだからね、葵をラネーフスカヤにしようって!!」
文句を垂れる美登里と奈々美の声が後ろ頭をつつく。
古い黒板に、並んだチョークの文字。
前々から協力してくれる人や出演者を集っていたが、本格的に"桜の園"のメンバーで集まるのは今日が最初。
旧校舎の、ガラクタのように舞台道具が積み上げられた狭い一室には、思ったよりもたくさんの生徒が集まっていた。
その半数があたしにとっては新鮮な顔ぶれで、ほとんどは葵の取り巻きの一年生だ。
「でも小笠原先輩が主役の舞台って、あたし見てみたいですっ!!」
「あ、あたしも!!」
一生懸命に葵に話しかける彼女たちの瞳は、まるで恋する乙女のようだった。
「…あたし男役のペーチャやるから。もう一人のロパーヒンは誰か探すしかないよ…って聞いてないし」
キャアキャアと楽しそうに段ボールからカツラや衣装を引っ張り出す奈々美たちの後ろ姿に、思わず深いため息が出た。
…さっそく、これから先が思いやられそうだ。
「とにかく!練習は放課後になるけど、絶対誰にも見られないようにね!?旧校舎は立ち入り禁止になってるんだから!」
はーい、と所々で聞こえる生返事。
ラネーフスカヤ、ロパーヒン、アーニャ、ワーリャ、ペーチャ…黒板に立ち並んだ配役たちは、自分を演じてくれるのは誰かとそわそわしているように見えた。
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