櫻の園
『桃ちゃんは、ヴァイオリンが好き?』
「──わかりました、ヴァイオリンは諦めます」
割れんばかりに見開かれた先生の瞳。
勢いよく立ち上がると、ヴァイオリンケースをひっつかみ先生の横を乱暴に歩き去る。
「〜っ、それでいいの!?」
ドアに手をかけた時、背中にキンと声が響いた。
「あなたは逃げてる。……やめたら、今までの人生棒に振ることになるわよ」
歩みが止まる。
ケースを握る右手。慣れすぎた重み。その手にぎゅっと、力を込めた。
手放そうと思った。それがきれいな夢であるうちに。
……好きだからこそ、もう続けていられないんだ。
振り返ると、必死にあたしを追う先生の眼差しがあった。
その視線をはねのけるように、丁寧に口元をあげると、無理矢理笑みを浮かべた。
「……これからの人生の方が、長いですから」
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