櫻の園
美登里はそう言うと、先ほど書き上げたばかりの名前の下にぐりぐりと丸い似顔絵を書いた。
全く似ていなかったが、前髪を上げられたおでことつり上がり気味の眉がそれを誰だか象徴していた。
『まるで、飛んでるみたいで──』
早朝の女子ロッカー。あたしが無表情以外初めて見た、赤星さんのあのうっとりとした優しい瞳を思い出す。
ああ、あれは。
恋する瞳に似ているんだ──。
だってあたしはあの時、その場に貼り付いたように動けなかった。
「いえいえ、行かないで。ここにいらしてちょうだい。お願いよ。何かいい考えが浮かぶかもしれないわ」
「…どう考えようってんです」
「お願いだからいて下さいな。ご一緒だと、いくらかでも元気がでるから…」
じぃっと葵に覗き込まれ、赤星さんは後ずさりする勢いで反り返る。そしてすぐに、俯いてしまった。
「ホラまた赤くなった。…ね、桃?」
「………。」
永遠かと思われていた桃色の牢獄。
その番人であるはずの桜の花が、ほんの少し散り始めていた。
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