櫻の園
「ええ、彼女は一年後輩だったの。あなたのこともよく聞いたわ」
振り返った整った顔立ちに、黒目がちの瞳が揺れる。
風にハタと揺れる、自分の胸元の白いリボン。
その瞳の中に写るあたしは、やっぱりまだ見慣れない制服を着ていた。
「あたしの話…?」
「ええ。10歳離れた妹がヴァイオリンやってて、まだ小さいのに遊ぶヒマないくらい練習したり、コンクールで賞貰ったり…すごく頑張ってるって」
「…………」
「両親もかかりっきりで、期待してるんだとか、そんな話」
履き慣れないローファーは、白い光をやけに反射する。古い石畳の道で新しさを訴えるそれは、まるでどこからか紛れ込んでしまったように不自然だ。
彼女が話しているのはあたしのことなのに、なんだか自分とは全くの別人の話のように聞こえた。
ここ、櫻華学園高校の…本人いわく優秀な卒業生である姉の影響もあって、あたしはこの女子校に編入させてもらうことになっていた。
随分と親不孝だと思う。
ヴァイオリンを辞めたい─、あたしがそう言った時、電話口のお父さんはただ黙ってあたしの話を聞いていた。
ヴァイオリンと将来のために、何もかも置いて東京行きを決めたのは…あたしなのに。
何年か前に東京の音楽学校へと進んだあの時のあたしには、まさかここにこうして立つことになるだなんて…考えもしなかっただろう。
東京とは、まるで違う空気。
一足先に色褪せてしまった花は、季節が早く過ぎ去るのをここでひたすら待つしかない。
ずいぶんレトロで、よく言えば趣深い校舎は、あたしを少しも歓迎していないようだった。
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