【短編】貝殻の向こうに恋は消える
まだ彼のこと、知らないことばかりだ。もっと、知りたかった。彼と過ごす日々の中にあるもの。全部じゃなくていい。気付いたことを拾って大切にしたかった。でも、身体が告げている。もう時間がない。
「明日は一緒に朝ごはん食べられないね」
彼の寝室の前で零したそれは誰にも届かない。勿論、眠っている彼の耳にも届かないだろう。ううん、届かなくていい。何も知らずにいてほしい。
全ては貴方が微睡みの中で終わりにするから、何も知らずにいてほしい。これ以上、貴方に不幸が訪れることがないように――。
彼がくれた自室は彼の妹の部屋だった。女の子らしい可愛らしいものに溢れたその部屋を与えられた時、とてもきらきらしたものに見えた。それなのに、今は私の心を縛る檻のようだ。
私にくれたこのワンピースも彼女のもの。1年前に亡くなったらしいその人を私と重ね合わせていることは分かっていた。何も気にしていなかったそれが、苦しいと感じ始めた境目は分からない。気付けば心惹かれて、一つ一つの行動と言動が好きだと思った。