【短編】貝殻の向こうに恋は消える
『貝殻を耳に当てると海の音が聞こえるんだよ』
彼がそう言って聞かせてくれた音を思い出した。あの時拾った貝殻は大切に持ち帰ったけど、そういえば机の上に置いてきてしまった。途端に後悔が押し寄せる。なんで持ってこなかったんだろう。
これが代わりになるとは思えなかったけど、彼との思い出を拾うように貝殻を手に取っていた。それを胸に抱きしめる。そしてもう一度その境界線に向かい、今度こそそれを飛び越えた。
波が引いては押して、押しては引いてを繰り返す度に私の足を取る。既に来る途中から足の力も入らなくなり始めていた私の足は容易に海に攫われた。一気に身体が海に沈む。足が地面に届かない。重力に逆らえずに頭も沈み始める。
その時、どこからか叫ぶ声が聞こえた。反射的に声のした方を見る。朝日に照らされた髪が金糸の色をしている気がした。それが誰なのか、確かめる術もなく私の身体は完全に海に沈んでいく。
意識が途絶える寸前、最期にもう一度聞こえた声が何か言っているような気がした。けれど、私に知る由はなかった――。