山賊上がりの近衛兵

父として夫として 母として妻として レオネール家の剣として

「申し訳なかったな。お前が当家に嫁ぐ時にはこんな事想いもよらなかったろうに……」

「想いもしなかった。……けど、割かし楽しかったわ。楽じゃなかったけど二人の子供に恵まれた。貴方、親らしい事一つもしなかったわね」

 少しずつ自分達がいるこの場所に敵を寄せ付けまいとする仲間達が倒れて行く。ジワジワとその防御線は後退し、彼らが経つ安全地帯は狭まって行く。

「しかも、最後は旦那らしい事もしてやれなかった。……妻を、囮に使うかよ」

 そんなもういくばくの猶予も無い中で漏らした頭領の言に、頭領の妻がかぶっていた頭巾を解いた。
 中から現れたのは……白い髪。

「まぁ、将軍の家に嫁いだときから貴方と私の喪には伏してるわよ。それに忠臣って感じがして誇り高いわ? 命をかけて道しるべ足る血筋を受け継ぐ方を守れるのだから」

 それが、頭領とベルドラインの最後の策。妻の髪を染めた。敵が……妻をルーテシアだと思いこむように。

「あの時は俺は騎士貴族、お前も良家の頼りなさそうなご令嬢だったってのに。……貴女を守るべく、その肉の一遍、髪の一本まで貴女の剣、盾としてお守り差し上げる。御身のそばを離れず、常に御身に忠誠仕る事、当代シュットハルト家当主たる私がお誓い申し上げる」

「プロポーズの時は次期当主だったわね。……許す」

 そうして、二人が手を重ねて離す。

「それで、そちらはどうだベルトライン殿」

 吹っ切れたような夫と妻が老兵士を見れば、楽しそうに笑っていた。

「ずっと幸せじゃった。あの方のそばに入れて先に言った旦那様、奥様、先に逝った戦友たちの生きた証をこの目で育ててこれたのじゃから」

 その言葉と共にベルトラインは剣の握り手にもう一度力を入れる。

「じゃが、同じようにずっと苦しかった。皆が逝きワシだけが生きながらえることに負い目があったからな。だが……これで笑って皆に会える。ワシはレオネール家の剣。床で逝くより守る為に逝ければ本懐」

そして……

「レオネール家の落とし子、ルーテシア・フォン・レオネール様はこのベルトラインが守って見せる! 覚悟は良いなぁ! 雑魚共ォォォ!!」

「そうともよ! 貴様らな柔な剣などこのシュットハルトが斬って捨ててやる! 死にたい奴だけ掛かって来やがれ!」

 その咆哮を耳にし、かろうじて防いでいた集落の物たちも死力を振り絞る。

 髪を染めた頭領の妻は剣を抜き、まるで夫顔負けに猟奇的な笑顔で敵兵に突貫して行った。
 頭領は妻の行く道に立つ者を嵐のような豪快さで蹴散らしていき、後詰宜しくグレンバルドは頭領の妻に迫る者達を斬り、薙ぎ、殴り、突き片付けて行った。

 これは彼らの最期の闘い。

 3人は……悲鳴と怒号の中でいつまでも笑っていた。
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