1ページの物語。
-名前-





無音の部屋に着信音が鳴る。


名前を見た瞬間、一瞬出ることに躊躇ったがゆっくりと指をスライドさせた。



「…はい」


『あ、兄貴?』


「…よぉ、何だよ」


『元気?海外出張から帰ってきてんだろ?
どうだった?2回目の海外出張』


「今回はたったの1年だったし、まぁまぁだな。で、俺のことよりどうしたんだよ。

お前が電話してくるなんて珍しい」


『あー…まぁ、報告なんだけどさ』



兄が太陽、弟が月。

小さい頃は良く周りの大人から名前が反対だと笑われる程、昔から性格と名前が合っていなかった。


言われる当の本人の俺でさえ、太陽とは程遠い名前だと思ってたし余り好む名前でもなかった。


けれど、あいつと出会ってそんな名前も悪くないと思えた。



『子どもができたんだ』


「……そうか」


『もう少しで安定期なんだ、だからちょっと早目に報告』


「…母子ともに大丈夫か?」


『おう、最初は悪阻に苦しんでたけど最近は順調だよ』


「そうか」


『生まれる前に少しでも良いから顔出してくれよ、ひまわりもきっと喜ぶから』


「…あぁ」



返事をしつつ、心の中で月の言葉を否定する。


あいつが喜ぶ訳がない。

反対にきっと動揺しながら目を伏せ、作り笑いをするはずだ。


そうじゃないと困る。


最愛の人から何もなかったかのように笑顔で義理の兄として対応される方が堪らなく辛い。

だから俺の前では好きだった幸せそうな笑顔で笑わないで欲しい。



「名前はもう決めたのか?」



聞きたくないが、気になることを聞いてみる。

その反動は別に電話越しの弟に見える訳でもないのに震える拳をスーツのポケットの入れて隠す。


『あぁ、ひまわりが決めたよ。

男の子でも女の子でもいける名前』


「…へぇ」


『ヨウだよ、兄貴の“太陽”の“陽”』


「……」


『暖かい陽がひまわりに当たるようにって言うんだぜ?

あいつ自分の子供に光を当ててもらうのかよと思ったし、俺全然関わってねぇじゃねぇかとツッコミ所満載だったよ』


どう思う?と文句を言う月の声なんてもう届いていなかった。

唇が震えるのを右手で庇いながら、あいつの笑顔を思い出した。


なぁ、ひまわり。

なんでその名前に決めたんだよ。


その名前はっ…


『もしも私と太陽くんが結婚したら子供の名前は陽ちゃんだね』


そう言ってたのに…お前は月との子にその名を付けるのかよ。


なぁ、ひまわり。


「とても…良い名前だな」


約5ヶ月後、その子が生まれ、“陽”とその名を呼ぶ度、

1度でも良いからあの頃の俺たちを思い出してはくれないだろうか…?

それだけで俺は叶うことができなかった気持ちが報われるから。


「月……ひまわりさんに」



だから頼む。


「元気な赤ちゃんが…生まれることを願ってると伝えてくれ」


この嘘な感情をどうか見破らないでくれ。



【名前】.....from『太陽とひまわり。』

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