1ページの物語。
-ラムネサイダー-
懐かしい。
その言葉しか出ない目の前の真っ直ぐ続く一本道。
雨の日も、暑い日も、寒い日も、歩いた。
きっと車でならそう時間は掛からない。
けれど自転車でさえ時間が掛かるこの一本道を私たちは毎日歩いた。
そして途中唯一ある自販機に辿り着くと、2人で1本の缶ジュースを買ってまた残りの道を飲みながら歩いた。
2人で1本の缶ジュース。
私が好きな飲み物はミルク系で嫌いな飲み物は炭酸。
彼が好きな飲み物は炭酸で嫌いな飲み物は甘ったるいミルク系。
好みが反対な私たちが選ぶのは間をとったサッパリしたオレンジジュース。
けれどそれはいつもじゃない。
彼は時々ミルク系を選んでくれ、絶対炭酸を選ぶ事はしなかった。
3年間下段の右端にずっとあったラムネサイダー。
どの季節になっても存在していたラムネサイダー。
夏はやはり人気なのかボタンが品切れと光っていたラムネサイダー。
彼はいつもそのラムネサイダーを一瞬見てオレンジジュースのボタンを押していた。
そんなラムネサイダーはあれから10年経った今、自動販売機から消えていた。
いや消えていたとは語弊だ。
あの頃見慣れていたラムネ色と白の水玉模様のラベルから水色と青とラムネ色の水玉模様に変化して同じ場所に存在していた。
似ているけど、全然違うパッケージ。
きっと味は一緒なのに飲んだらあの頃と味は違って感じるんだろうなと、何故かそう思った。
「お母さん、あれ買ってよ」
「……これ飲みたいの?」
「うんっ」
手を繋いでいる息子が一生懸命背伸びしてボタンを押して買ったのはラムネサイダー。
「…美味しい?」
「うんっ!お母さんも飲む?」
「お母さんは……うん、ちょっとちょうだい」
「はいっ」
“久しぶり”に口にしたラムネサイダーは喉元が痛みと熱さを味わせる。
この痛みを私は10年前にも味わった。
それは初めて炭酸飲料を飲んだあの時
この一本道を1人で歩いて帰ることなった初めての日
彼が物欲しげにいつも見ていたラムネサイダーを買って1人で飲みながら帰った
あの時、強い炭酸のせいで喉元を痛み、熱を感じ、大泣きしてこの一本道を帰った。
でも本当は……
「お母さん、美味しい?」
「…うん、やっぱりお母さんは炭酸嫌いだな」
1人になって初めて彼が好きな飲み物を飲んだ。
それはとてもじゃないが美味しいとは言えない何とも苦い味だった。
【ラムネサイダー】