1ページの物語。
-残酷な親友-
彼女は命に執着することなく、自然と時を待った。
そう、命の終わりを彼女は彼を失ったあの日から日々待ち望んでいたのだ…。
「由美ちゃん、お願いがあるの」
「お願い…?」
寝床に伏せる彼女の身体は末期の癌という病に侵されている。
そんな彼女からお願いと言われ、嫌な意味で胸の鼓動が早くなった。
「うん、最後のお願い。…最後のわがままとも言うかしら」
「最後だなんて…そんな悲しいこと言わないで」
「由美ちゃん、自分の身体は自分が一番分かるものよ。
だからもう少しで私は死ぬわ」
『死ぬ』…そんなたくさんの人が恐れる言葉を放ちながら彼女は満面の笑みだ。
彼女は医者が少しでも長く生きたいならと勧める薬を拒否した。
その選択肢は衰退という名の死期のカウントダウンの始まりを意味する。
彼女は早まる死を何もする事なく待つことにしたのだ。
そんなこの世から去ることをずっと待ち望んでいた彼女に私は自分の願望を言えなかった。
そして最後のお願いを頼まれた今も私は1番伝えたかった言葉を口にする選択を外した。
「清花…お願いって何?」
「由美ちゃんはそう言ってくれると思ってたわ…ありがとう」
彼女はお礼を言うと上身体を起こし枕下から1つの封筒を取り出した。
「由美ちゃんには私が死んだ後この手紙を遙さんに渡してもらいたいの」
「遙さんに…?」
「私の全て…私の人生の事実を記したもの」
封筒を見つめていたからか清花は気になった手紙の内容を答えてくれた。
清花の人生の事実…まさか
手紙に向けていた顔を上げ、布団にまた伏せた清花に向けた。
「もしかして…晴時さんのことも記してるの?」
「えぇ、もちろん」
清花はさも当然のように返事するが私からしたらそれは残酷なものだと思った。
だって、清花の旦那の遙さんは
「今の遙さんは貴方のことを愛してるのよ?
それなのに今更そんなっ…」
確かに結婚したばかりは遙さんは愛人もいて一切清花に関心が無かった。
けれど子供ができていつしか遙さんは一途に清花を想ってくれた。
そんな遙さんに清花は…
「あの人は私と50年連れ添ってくれたパートナーですもの。
最後に真実を知るのも定めだわ」
「だからって……ねぇ、清香。
それは貴方がいるのに瞳さんと付き合っていた遙さんに仕返しのつもり?」
私の問いに清花は鼻で笑った。
「いいえ、違うわ。
だって私仕返ししたい程あの人に情なんてないもの」
彼女の瞳の輝きは50年前から死んでいる。
「あるのは死んだ人をずっと愛し続ける妻の私を不自由なく生きさせてくれた恩恵の感謝な気持ちだけよ」
人生で最も愛する晴時さんを失ったあの日から彼女は生きる意味を探し続け、そしてその答えは50年経った今でも彼女は導き出せなかった。
「清花…貴方は残酷な女ね」
「由美ちゃんはそう言うと思ってた。
でもね由美ちゃん、私知ってるのよ?」
あぁ…彼女は心の生を失っているから周りがよく見えているからなのか
「由美ちゃんが晴時さんも遙さんも恋愛感情で見てたこと」
長年隠し続けた想いを彼女は軽々と見破った。
「…知ってたのね」
「そりゃあ、私たちの仲なんだから」
清花が春香さんと夫婦になって50年、私たちの関係はそれ以前より続いている。
清花の言う通り私の気持ちをお見通しなんて当たり前の事かもしれない。
自分の間抜けさに呆れて乾いた笑みを作った。
「ねぇ、清花」
確かに私たちは歳を取ったわ。
「なぁに?」
だけどね、やっぱり伝えたい、伝わって欲しい願いを聞いて。
「清花…生きて」
「いやぁよ」
我慢していた気持ちを吐き出しても彼女の答えは緩い拒否だった。
そんな彼女は生涯ただ唯一の親しい友だ。
【残酷な親友】from...『愛せない妻へ。』