花京院社長と私のナイショな関係

「そんな感じで私も全然意味が分からないんです。非常に困ってます…あ、これめっちゃ美味しい」


車中でのキスに気が動転しているうちに連れてこられたのは、政治家が密会するような料亭だった。
障子を開ければ中庭の風景が楽しめるようになっていて、木々の配置で他の部屋が見えないようになっている、完全個室。
社長だったらオサレなイタリアンのほうが似合いそうだが、この手の話とやらをするには機密性の高そうな日本料亭のほうが良さそうな気がする。

さっきのキスで私の抜けきった力は足りない栄養素が補給されたみたいに回復した。まさに補給。
補給ではあるけれどもキス。あの後しばらく動揺して固まっていたら、

「緊急事態らしいから。人工呼吸だと思って許して」

と謝られた。
イケメンとはいえ同意のない行為に傷つきはしたけど、社長にしてみたらおっさんに言われて仕方なくした事だし、見ず知らずの女にキスだなんて嫌だっただろう。


ひとまずキスの件は水に流して、遠慮なくご馳走になることにした。切り替えの早さは自信あります。深く考えるのが苦手なだけともいうけど。

おっさんや社長は、黒いアレについて私が知らないことを知っていそうだったし、目の前には見た目にも美味しそうな懐石料理。お腹はものすごく空いている。
頂くしかないでしょう。
病み上がりの私の体調を慮ったのではないだろうけど、上品な出汁の利いた薄味の和食が胃にやさしい。
一昨日から黒い靄(もや)がくっついていない店員さんを見つけるのも一苦労で探すような時間もないから、買い物は最低限しかできず、人が多い社食も怖くて入れなかった。まともなご飯にありつけてものすごく嬉しい。


「困ってる割によう食うなあ。お、この煮付け、なかなかいけるわ」

ちっさいおっさんは、ちっさいけど大人1人分の食事をバクバク食べていた。
普通の箸は大きすぎるので、果物用のフォークを使って食べている。
お皿をのぞき込むように食べてる姿がなんだか可愛い。
最初は人形サイズのおっさんがしゃべったり動いたりするのが怖かったけど、だんだん見慣れてきた。
おっさんの姿はは社長以外の人には視えないそうだ。
料理を食べるのも他の人には食べ物が浮いているように見えるから、今も料理を並べてもらってお店の人には下がってもらっている。



おっさんはジョニーと名乗った。
本名は源五郎だと社長が言うと「その名前はダサいから呼ぶな」と怒った。

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