寿聖宮夢遊録
『雲英が再拝して、進士さまに申し上げます。身のほど知らずにも進士さまをお慕いするようになり、遂にこの思いが叶い、本当に嬉しく思います。しかし、人間界の慶事は、どうしても創造主の嫉妬を買ってしまうものです。このことは、宮女の知るところとなり、大君も疑われるようになりました。事態は逼迫し、もはや死ぬ他ありません。私の亡き後、進士さまは、私のことで胸を痛めることなく、学問に励み、科挙に合格して、国のために尽くして、後世にその名を残して下さい。私の財物は、全て売り払って寺社に献納して下さい。そして、誠心誠意お祈りすれば、三世の縁が来世にまた引き継ぐかも知れません……。』
進士さまは、書信を読み終えることが出来なくなり、その場で気絶してしまいました。これを見た家人たちが大急ぎでやってきて、何とか意識を取り戻しました。これを知った特も、すぐに飛び込んできて進士さまに言いました。
「宮女が、いったい何と答えたのですか? このように死のうとなさるなんて!」
進士さまは、これには応えず、ただ
「財物は、ちゃんと保管しているか? 近いうちに処分し、寺に奉納して彼女の意思を果たしてやるつもりだ。」
とだけ言いました。
家に帰った特が、
「宮女が外に出て来ない以上、財物は俺と天のものさ。」
と考え、一人ほくそ笑んでいたことを誰が知るでしょう。
翌日、彼は服を破り、髪を解いてざんばらにし、壁に顔をぶつけて血塗れにして、裸足で外に飛び出しました。そして、地を叩きながら大声で、
「盗賊に襲われた!」
と泣き叫ぶと、その場に伏し気を失ったようなふりをしました。
特に死なれては、財物の在処が分からなくなると心配なさった進士さまは、自ら特の看病をしました。良薬や肉、酒などを与えられた特は、十数日目にやっと床から起き上がりました。そして
「若さまの言い付けを守って、一人山中に入ったために盗賊の群れに襲われてしまった。財物は奪われ、命からがら逃げて来たが、若さまが命じられなかったら、こんな目には遭わなかったでしょう。」
と胸を叩きながら、泣き叫びました。父母に知られることを恐れた進士さまは、必死に特を宥め賺せました。
その後、進士さまは、特の素行を疑われ、下男十数人を率いて、彼の自宅を捜索なさいました。部屋の中には、ただ金の腕輪一組と雲南宝鏡が一枚あるだけでした。腹を立てた進士さまは、これらを証拠物件として役所に訴え出ようかと考えましたが、雲英とのことが表沙汰になることを恐れ、また、これらまで手放してしまっては法要も出来なくなると思い留まりました。進士さまは、特を殺したいほど憎みましたが、力では彼に適うはずもなく、なすすべもありませんでした。
特自身も罪を犯したことを自覚するようになり、数日後、西宮近くに住む盲目の易者のもとを訪ねました。
「以前、俺が明け方、この宮城沿いに歩いていたところ、城壁を乗り越えた人間を見たんだ。泥棒だと思って声を張り上げると、そいつは手にしていた荷物を置いて逃げて行ったんだ。俺は、荷物を家に持って帰り、持ち主が現われるのを待っていたんだ。ところが、俺の主人は欲張りで、この話を聞くと荷物を奪おうとしたんだ。いくら俺が、荷物といっても腕輪一組と鏡一枚しかないといっても信じず、俺の家まで押し掛けたんだ。そして、これらを捜し出すと、これに満足せず、他のものも出せと言って、俺を殺そうとしたんだ。俺はほうほうの体で逃げ出して来たんだが、これでよかったんでしょうか?」
特がこのように問うと、易者は
「よかったんです。」
と応えました。この時、隣近所の人々も集まってきて、特の話を聞いていました。その中の一人が
「お前のとこの主人は、ずいぶん酷い奴だな。」
と言うと、特は
「ウチの主人は早くに科挙に及第したが、性質がこんななので、出仕したらどうなることやら。」
と非難めいた口調で応えました。
進士さまは、書信を読み終えることが出来なくなり、その場で気絶してしまいました。これを見た家人たちが大急ぎでやってきて、何とか意識を取り戻しました。これを知った特も、すぐに飛び込んできて進士さまに言いました。
「宮女が、いったい何と答えたのですか? このように死のうとなさるなんて!」
進士さまは、これには応えず、ただ
「財物は、ちゃんと保管しているか? 近いうちに処分し、寺に奉納して彼女の意思を果たしてやるつもりだ。」
とだけ言いました。
家に帰った特が、
「宮女が外に出て来ない以上、財物は俺と天のものさ。」
と考え、一人ほくそ笑んでいたことを誰が知るでしょう。
翌日、彼は服を破り、髪を解いてざんばらにし、壁に顔をぶつけて血塗れにして、裸足で外に飛び出しました。そして、地を叩きながら大声で、
「盗賊に襲われた!」
と泣き叫ぶと、その場に伏し気を失ったようなふりをしました。
特に死なれては、財物の在処が分からなくなると心配なさった進士さまは、自ら特の看病をしました。良薬や肉、酒などを与えられた特は、十数日目にやっと床から起き上がりました。そして
「若さまの言い付けを守って、一人山中に入ったために盗賊の群れに襲われてしまった。財物は奪われ、命からがら逃げて来たが、若さまが命じられなかったら、こんな目には遭わなかったでしょう。」
と胸を叩きながら、泣き叫びました。父母に知られることを恐れた進士さまは、必死に特を宥め賺せました。
その後、進士さまは、特の素行を疑われ、下男十数人を率いて、彼の自宅を捜索なさいました。部屋の中には、ただ金の腕輪一組と雲南宝鏡が一枚あるだけでした。腹を立てた進士さまは、これらを証拠物件として役所に訴え出ようかと考えましたが、雲英とのことが表沙汰になることを恐れ、また、これらまで手放してしまっては法要も出来なくなると思い留まりました。進士さまは、特を殺したいほど憎みましたが、力では彼に適うはずもなく、なすすべもありませんでした。
特自身も罪を犯したことを自覚するようになり、数日後、西宮近くに住む盲目の易者のもとを訪ねました。
「以前、俺が明け方、この宮城沿いに歩いていたところ、城壁を乗り越えた人間を見たんだ。泥棒だと思って声を張り上げると、そいつは手にしていた荷物を置いて逃げて行ったんだ。俺は、荷物を家に持って帰り、持ち主が現われるのを待っていたんだ。ところが、俺の主人は欲張りで、この話を聞くと荷物を奪おうとしたんだ。いくら俺が、荷物といっても腕輪一組と鏡一枚しかないといっても信じず、俺の家まで押し掛けたんだ。そして、これらを捜し出すと、これに満足せず、他のものも出せと言って、俺を殺そうとしたんだ。俺はほうほうの体で逃げ出して来たんだが、これでよかったんでしょうか?」
特がこのように問うと、易者は
「よかったんです。」
と応えました。この時、隣近所の人々も集まってきて、特の話を聞いていました。その中の一人が
「お前のとこの主人は、ずいぶん酷い奴だな。」
と言うと、特は
「ウチの主人は早くに科挙に及第したが、性質がこんななので、出仕したらどうなることやら。」
と非難めいた口調で応えました。