bajo la luz de la luna
 ――いわゆる“マッセ”だ。瞠目して、微塵も動くことが出来ない。彼が次に狙う8番は、初心者から見ても入れやすい位置にある。このセットは落とすしかないのね……諦め半ばにそう心で呟いたアタシは、次の瞬間またもや驚かされた。



『……おっと、手が滑った。未来、交代だ。』

『えっ……あぁ、そうね。』



 手元が狂ったのか、それともキューの滑りが悪くなったのか。部下達にそうからかわれて、群はチョークを塗り直す。だけど、アタシには分かった。あれは、わざとだ。“このセットはお前にくれてやる”と、この男は暗に示しているのだ。



「……アナタはアタシをキレさせたいの?」

「何がだ?突然日本語で話しかけられたから驚いたぞ。」



 ポーカーフェイスからは窺えないが、気配からありありと伝わってくる。“次のセットと最終セットは絶対取るから、俺は負けない”と。そこまで自信があるなら、崩してあげようじゃないの。そのために、アタシはこのセットを自分の勝ちで終わらせなければならない。

 標的を見据え、手球を撞く。8番は楽勝でポケットイン。応援の言葉をかけてくれる部下達に小さく手を振る。残る9番を落とせば、アタシの勝ちだ。
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