魔法使い、拾います!
この日、修行が終わった夕暮れ。灯りが無くても足元が見えるギリギリの時刻を見計らってヴァルは洞窟を抜け出した。いけないことは承知の上だ。見つかったらジョナに恥をかかせることになるし、罰も受けることになるだろう。

しかし、まだ十歳だったヴァルは逃げ出したい衝動に勝つことが出来なかったのだ。踏み外したら命がない断崖の階段を、必死に駆け上がる。落ちて死ぬならそれも良いとさえ思った。登りきったところで、安心感からかその場に崩れ落ちた。

「おや?」

どさっという物音に気が付いたのは、立ち入り禁止のはずのこの野原に立ち入っていた若い夫婦であった。

「何かしら、今、物音がしたわよね?まずいわ…私たち見つかったかしら?」

「いや、そうじゃないみたいだよ。ほら、あそこ。見てごらん、キャラ。」

「あら大変!」

キャラは夫であるジャンの指差した方を確認すると、躊躇うことなく駆け寄った。そこには、うつ伏せで倒れていた少年ヴァルが気を失っていたのだ。ジャンがヴァルを抱きかかえ、二人は急いで家路に着いた。

家の前で偶然近所のパン屋のチャムさんに出くわしてしまったが、他には何事もなく無事リビングまで来ることができた。

「気が付いたかい?心配しなくて大丈夫だよ、ここは俺たちの家だ。お腹は空いていない?何か食べられそう?」

意識を取り戻したヴァルに何も聞かず、ただ微笑んで頭を撫でてくれたジャンの手に涙が込み上げてきた。キャラが用意してくれた食事はとても質素なものであったが、修行先の宿舎で食べるより何倍も美味しかった。

夫妻の温かい心がそのまま詰まったような団欒は、ヴァルの心をも溶かす威力があった。

「僕の名前はヴァルです。崖の下の洞窟で魔法使いの修行をしています。師匠が僕ばかりに難しいことを要求するから辛くて、抜け出してしまいました。どうして僕ばっかりにあんなに厳しくするんだろうって悲しくなっちゃって…。」

涙ぐみながらヴァルは胸の内を夫妻に明かした。
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