魔法使い、拾います!
リュイはといえば、泣くどころか椅子に座ったまま呆然としていた。ゆっくりと自分のおでこに手のひらを当ててみる。

「グ……グレンが……キス……。私に……キス……した。」

おでこへのキスだったとしても、リュイにとってはしばらく動けなくなるくらい、衝撃的なことであった。おでこで、この有様なのだ。口へのキスだったら爆発していたかもしれない。

弱っているリュイの心に付け込んだグレンの作戦は効果絶大で、思惑通りおでこに残る唇の感触をリュイはドクンドクンと意識していた。それどころか、リュイは自ら都合のいい悪魔を作り出し、その囁きに耳を貸そうとさえしているのだ。

「このままグレンのお嫁さんになっちゃおうかな……。」

その一方で、天使も作り出す。自分の正直な気持ちを思い出してみて……と。

路地裏で初めてヴァルに会った時、素敵な人だな、と、見惚れてしまった。今にして思えば、それは俗に言う一目惚れというやつで、その時からヴァルに恋をしていたのかもしれない。

その後でティアのことを聞いて、物凄くがっかりした。ヴァルが自分を好きになってくれる可能性が無くなったから。でも悟られないように平気なふりをしたのだ。

実際ティアとヴァルが一緒に居るところを見て、心臓を鷲掴みされたような感覚に襲われた。苦しくて、その場から早く逃げたかった。逃げ帰った先にはグレンが居て、優しくて、自分を求めてくれたことに嬉しさを感じた。

たった数日を一緒に過ごしただけの婚約者がいる魔法使い様と、自分を必要としてくれる幼馴染。どちらが良いと答えるか。おそらく誰に聞いても歴然の結果だろう。

でも……。今、自分が求めているのは……。こんなに苦しいのにヴァルなのだ。

リュイはおでこから手を放し、テントウムシのペンダントをぎゅっと握りしめた。
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