ベターハーフ(短編集)
「あのー、美咲さん、あんま視線向けられるとどきどきするんだけど……」
「じゃあチラ見するね」
「チラ見はいやー! 見るならちゃんと見て!」
「どっちなのよ、もう」
けらけら笑いながら小説を閉じて、ようやく健太くんがこちらを向いた。
そして、握ってとばかりに右手を差し出して、わたしもそれに応える。あったかい。
見るならちゃんと見て、の言葉通り、ちゃんと真っ直ぐ彼を見た。
好きだという気持ちが溢れて、どうにかなってしまいそうだ。
そしたら思わず……。
「健太くん」
「んー?」
「わたしと結婚してください」
言ってしまった。
幸せゲージが振り切れて、本当に思わず、何気ない会話のように、さらりと。無意識に言ってしまった。
思わずしてしまったプロポーズだったから、健太くんの反応が気になるけれど……。
「……は?」
何気ない会話のようなプロポーズのあと、数秒沈黙して、健太くんの口から漏れた言葉は、その一文字。
さっきまでの笑顔は、沈黙の間に消え去って、不機嫌な表情になっていた。
まずい。怒らせてしまったかもしれない。
何の脈絡もないプロポーズだったし、っていうか言ったわたしも予想外だったし……。
「美咲、おまえ何考えてんの。なんで急にそんな……アホなの?」
怒らせてしまったかもしれない、じゃなくて、完全に怒らせてしまったみたいだ。
握っていた手をほどいて起き上がった健太くんは、険しい表情でわたしを見下ろす。
喧嘩なんてほとんどしたことがないから、こういうときにどうしていいか分からない。
やっぱりわたしたちに結婚はまだ早いのかもしれない。今のままでも充分楽しいし、幸せなんだから、結婚を急ぐことなんてないのに。
焦っているわけではないはずだけど、友人たちのおめでたい話に、少なからず影響を受けてしまったのかもしれない。