ベターハーフ(短編集)
深く息を吐く健太くんに、誠心誠意頭を下げる。
「ごめん。考えてはいたけど、言うつもりじゃなかったんだ。だからいったん忘れてもらっていいですか」
「ああ、もう忘れた。意味分かんねえ。三年付き合っても意味分からん。空気読め、アホ」
「善処します……」
「結婚しようって、俺が明後日言うつもりだったのに。美咲のせいで台無しだ」
「……、……、……は?」
今度は枕を投げることで抗議した健太くんは、ごろんと寝転がり、傍らに置いた小説を開く。
わたしはというと、枕が顔面に直撃した痛みよりも、健太くんの言葉を脳内でリピートすることに忙しい。
いくらリピートしても、急なこと過ぎて理解が及ばない。
明後日? 言うつもり? 台無し?
やっぱり理解できない。
「……健太くん」
「うるさい。黙って明後日まで待ってろ。明後日俺からプロポーズするから」
今はわたしの返答を求めていないのか、ここで焦ってプロポーズをするつもりもないのか、健太くんはわたしに背を向けて読書に勤しむ。
完全に背を向けられてしまったけれど、そのお陰で、この手の震えと、緩むのを堪えきれないだらしのない顔は見られなくて済んだ。
もう何も言わないで、大人しく明後日を待つことにしよう。
ただこのどきどきは、明後日まで治まらないだろう。
この気持ちは、懐かしくもあった。もう何年も前に、こんな感覚を味わっていた。
この胸の高鳴りは、初恋に似ていると思った。
(了)