ベターハーフ(短編集)
単純なこと
【単純なこと】
同棲を始めて三年目。
ふたりで居ることにも慣れ、そこに居ることが当たり前になってきて、最近は若干のマンネリを感じ始めてきた。
最初の頃はお互い気を遣って、部屋着としては上等過ぎる服を着てみたり、手持ち無沙汰でひたすらカーペットにコロコロかけてみたり。彼女も毎朝早起きして俺の弁当を作って、朝も夜もレシピ本片手にあれこれ作って。
だけど最近、部屋着はだるんだるんだし、コロコロはおろか掃除機すらかけていなくて、弁当も週に一、二度になって、飯のメニューも変わり映えしなくなっていた。
そろそろ、関係を変えてみてもいい頃かもしれない。
結婚するか、マンネリを解消するため一旦離れてみるか。最悪全て終わりにするか。
でも、どういう結論を出すにしろ、決め手がない。
そんなとき、ポケットの中の携帯が震えた。メールだ。
差出人は彼女。メールの内容は『歯向かってきて』。
それを見てふっと噴き出したあと、なぜだか急に気持ちがそっちに向いた。彼女と結婚しようと思った。
そりゃあマンネリは感じている。彼女だって同じだと思う。付き合う前はメール一通に時間をかけて内容を確認していたのに、今じゃこの体たらく。絶対確認しないで送信したのだろうと想像がつく。
もう一度ふっと笑って、歩き出した。
早く帰って、そっちに向いたこの気持ちを伝えなければ。
きっかけはとても単純なことなんだ。
例えばきみが言いたいことがすぐに解ったり、きみの姿を簡単に想像できたり。きみが出す暗号なら、どんな難解なものでもすぐ解る自信があるから、俺はこの気持ちを全て、きみに伝えたい。
とりあえずはスーパーに寄って、ハムを買ってから。そしたら、きみが送信した間抜けな変換ミスを、笑い話にしよう。
(了)