ベターハーフ(短編集)
「また手のひら見てんのか」
掲げた左手越しに、呆れた表情の男が見えてふっと笑う。
「いいじゃない。大事な初恋なんだからたまには思い出したって」
「俺が嫌なんだよ」
「別に槙村の迷惑にならないでしょ」
「ちょっと目ぇ離すと左手見て十五年も前のこと考えてるなんて。今の恋人に失礼だと思わんのかおまえは」
「はいはい。十五年も前のことを思い出していても、わたしは槙村一筋だから心配しなくていいよー」
「棒読みやめろ、ハラマキ女」
「ちょっと、ハラマキって言うのやめてよ。原真希、はら、まき。恋人の名前を馬鹿にして、失礼だと思わんのかきみは」
あれから十五年。
手のひらに鉛筆の芯は残っていないけれど、色はしっかり残っている。これがある限りわたしはあの初恋を忘れないし、むしろ十五年も思い出し続けていたのだから、きっともう一生忘れないだろう。
槙村は嫌そうな顔でため息をついて、掲げたままだったわたしの左手を乱暴に掴む。何事かと思ったら、ポケットからおもむろに何かを取り出し、それを無理矢理左手の薬指に押し付けた。確認するまでもなく、指輪だった。
「もう初恋なんて忘れて、結婚するぞ」
ムードの欠片もないプロポーズだった。槙村らしいと言えばらしいし、この人がもし街の夜景を見渡せるレストランでプロポーズしようものなら、わたしがムードをぶち壊して爆笑してしまうだろう。
でもさすがの槙村も照れているのか、頬を赤く染めて口を尖らせている。普段は涼しい顔で余裕ぶって、やたらと暴言を吐いてくるくせに。この人のレアな表情をずっと見ていられるわたしは、すごく幸せなのかもしれない。
いつの間に用意したのか、薬指にぴったりはまった指輪に目をやり、ふっと息を吐いた。